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さつま芋の栽培に成功したまち【千葉自慢】

千葉・稲毛・幕張・鎌取・都賀・四街道

2014年07月25日金曜日

オニオン記者投稿

さつま芋の栽培に成功したまち【千葉自慢】

2014年07月25日金曜日

このコーナーは……
千葉のことを千葉以外で自慢できるようにするための千葉の魅力とお慶びごとを一緒に探していくコーナーです。

京成幕張駅を出てすぐの緑地。
さつま芋はこの一角から全国に広まったのです!

京成幕張駅改札を降りて角を左に曲がって10メートル。
その一角に写真のような緑地がありますが、案内板をご覧になったことがあるでしょうか?

ここは、江戸時代、青木昆陽が時の将軍・徳川吉宗に「飢饉を救うためにぜひ!」と直訴して、さつま芋を栽培して、成功した場所なのです(享保20年1735年)。

読者のみなさん、それって鹿児島だと思っていませんでした?

ノンノン。私たちのまちなのです。

青木昆陽が試験栽培に選んだ場所は3か所。
小石川養生園(現植物園)、九十九里町、そして当時馬加(まくわり)村といわれたこの地でしたが、成功したのはここだけ!

これを喜んだ吉宗は、幕府の事業として「おおいに栽培せいっ」と号令をかけたため、さつま芋は全国で栽培され、飢饉の際にも命をつなぐ大切な栄養物となったのです!

そう、いわば青木昆陽は、江戸の民の命の恩人!
そして幕張はその英断実行が実を結んだ最初の町なのです!

昆陽さんは「芋神さま」として、緑地の向かいの「昆陽神社」のご祭神にもなって今も私たちがさつま芋を愛食する姿を見守っているようです。

画像の場所がが青木昆陽甘藷試作地。
昆陽さんの快挙以来、千葉市はさつま芋の栽培収穫が多いのはもちろん、デザート等の加工品の製造販売も盛んなのです。

オフィスで 飲み屋で 千葉自慢。

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